【特集・犬山市市議会議員選挙】折り返し地点で論点を整理してみた

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4年前の選挙、候補者全員に話を聞いて記事を書く、という暴挙に近い行動に出ました。これがまた結構読まれまして、今回(2023年)も同じことをやろうかなとか考えたんですが、いやはやスケジュールに空きがなく、4月18日の1日で流石に全員は回れないということで、今回の選挙戦は新人候補のみ回ってお話を聞くこととしました。

各候補のレポは随時アップしていくのですが、その前に今回の選挙の争点、論点を整理しておきたいと思います。

コロナ禍から通常へ移行、疫病対策に言及はなし

2019年の選挙以降、世界を震撼させた出来事といえば新型コロナウィルスによる感染爆発ではないでしょうか?2022年年末ごろから通常の生活に戻していこうとの機運が高まり、国会などの政治の舞台でも言及がぐっと減りました。

それに伴い、なのか今回の犬山市市議会議員選挙(以下、市議選)では疫病対策で個人演説会会場での手指消毒はありながらもコロナ禍から続いていた感染症対策やワクチン忌避の言及を行う候補が誰一人としていません(街頭演説ではあるかもですが、選挙公報には書かれていません)。

このことから通常、つまり日常を取り戻しつつあるなかの選挙戦だと言えます。

街宣車を使わない選挙で今後のスタンダードになるか?

街頭演説中のすずき伸太郎候補、真剣に犬山の地域性を訴えている候補の一人だ(写真は御本人Facebookから引用)

これは論点ではないのですが、今回の市議選では選挙管理委員会に提出した書類の中に少し変化がありました。それは公費で賄える街宣車両の使用を申請しない候補者が7名いたとのこと、選挙管理委員会に確認したのですが、「ご自身の車を使われる方もいるので、はっきりとしたことはわかりませんが、申請されなかった方はいらっしゃいます」とのことです。※写真のすずき伸太郎候補は街宣車を使っています。

街宣車両は選挙活動において非常に重要な役割を担っていました。が、街宣車から訴求できるのは「投票のおねがい」と「候補者名」だけ。走り回ってそれを連呼するだけなので、結構過ぎ去ってしまって「誰だっけ?」になります。また使わない選挙は機動力を失うことになるので広域に自分の考えを訴求できないかなと思います。

街宣車を使う候補でも一旦街宣車から降りて、交差点などで街頭演説を行う候補は増えています。個人演説では語られない内容を言及していることが多いので見つけたら足を止めて少しだけ耳を傾けてみてほしいなと思います。

全体的な論点は?気になるワードをピックアップしてみた

では話を戻して、今回の市議選の論点を整理していきましょう。

選挙公報から各候補が打ち出している訴求内容からワードをピックアップしていくと、以下のようにまとめられます。

「犬山」「まち」「子育て」「福祉・保育」「医療」「高齢者」

これらを一つづつ解説すると時間がかかるので、総合的にまとめると「城下町のある犬山の古来の文化を大切にしながら市民生活にプラスになる行政を目指します」となる。

この行政サービスうんぬんを語ると途方もない論点になるので、ざっくりとワードを拾いながらまとめると「小中学生、高校生を含む交通弱者、高齢者にやさしいまちづくりを目指します。ひいてはそれが優しい社会につながるように努力します」が総論になる。結局どの候補者も同じような内容を形を変えて論じているわけで、そこに各候補の地理的な性質を盛り込んでいる。

要望ではないが筆者なりに今後4年間の論点になるだろうと感じているのは「観光」で、これまでどこか他力本願的な観光施策から頑張ってるけどあまり効果のなかった観光公害対策をどう議会が問題提起していくのだろうか?は気になるところ。

また観光事業だけをピックするなら、城下町、犬山城を訴求せずにもっと大縣神社や入鹿池、羽黒の羽黒城跡などの史跡、街道筋や犬山へ理由を持って来ているお客さん、そこに住んでいる人のバランスをどう取るのかを課題として訴求してもらいたいなとは思う。

町が稼がないと廃れますよ

あまり私感を入れたくないのだけれども、筆者が自腹で犬山さんぽを運営しているのには理由がある。今年で47歳の筆者だが、仕事を引退した後に入鹿池で毎日釣りを楽しみたいのである。

「は?なんのこと?選挙関係ないやん!」と思われるだろう、が入鹿池と行政、議会、市民には大いに関係あるのだ。

かつて豊富な淡水資源を誇っていて漁業もあった狭山池、今では単なる景観地になっている

あなたは大阪府狭山市にある狭山池をご存知だろうか?この池は古事記にも載っていたほど古い池で、平成の大改修前にはワカサギやフナ、淡水エビなど豊富な水産資源に恵まれていた。その池を利用したワカサギの養殖事業も活発だったと聞く。

しかし、一度の水害以降、漁獲量は激減。ダムサイトは改修されて景観保護を理由に漁業を営めなくなってしまったのだ。

これと入鹿池、何が関係あるのか?と思われるかもしれない。狭山池は水害によって漁業が廃れてしまったわけだが、水害前に狭山市が池の改修まで予算が組めるほど潤沢な財源がなかったことから、きれいなため池に改修してしまい、釣りを楽しんだり漁業を営んだりと生活に密接に関わる部分を切り捨ててしまったのだ。

これが町が独自に稼がないと文化を文化財として保護し、遠くからただ眺めるだけの観光に変えてしまう悪い例。犬山も実は同様の事例が始まっている。それが先に述べた犬山祭にまつわる補助金だ。

犬山祭は祭り保全のために年間1200万円ほど市から補助金が拠出されている。つまりまつりの一部は税金から賄っているのをあまり知られていない。

例えば、今回のコロナ騒動のように何年も経済活動が止まってしまい、最悪市民生活のために収入保証のための施策を打ち出して、市の財政から拠出したとしよう。生活が最優先になるのだから、限られた財源をどこか削らなければならないとなると一番弱い拠出先は文化財保全のために組まれている予算とならないだろうか?

市民生活はもちろん大切だが、ベーシックインカム制度を導入して働かなくても大丈夫!なんて無茶なことを行った先には文化財を財として保全する方向だけに絞られてしまう。

思い出してほしい、コロナ禍でもっともマスコミに叩かれたのは映画館やライブハウスなどの遊興文化だったことを。町が貧しくなるとこの遊興文化をなくそうとする動きが産まれるのだ。町が稼がないと町が廃れる、最悪中国人に祭りや城を売ることになる。今の城下町を眺めているとそんなことを考えるのだ。

入鹿池最北のこの風景でいつまでも釣りがしたいのだ

そしてこの話を本気で捉えている議員は筆者と交流のある数人しかいない。実は犬山の観光はピークアウトして下降傾向にあることに気がついていないのだ。「まちづくりは人づくり!」「医療福祉、高齢者の住みやすい」「子育てしやすい町、犬山!」なんてのは全部、町が町として稼いでこそ、その言及はあまりにも的を得ていないことに気がついていない。実体経済はあなたが思っているよりもずっと悪い、特に地方においては本当に悪いのだ。

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